昔のことほど忘れない。寒い日の思い出。 | 2024/01/25(木曜) No.624 |
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仕事を完全にリタイアして約10ヶ月。今日は寒く1日中家にいる。
ちょっと、書き物をしようとパソコンのデータベースを見ていると、約20年ぶりに昔作った公開していない文章がでてきた。 我ながら面白い文章で、時期的に仲間内くらいには見せてもいいかな。と。
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1980年代、当時としては世界最先端と言われる半導体工場で勤務していた。異物源となる人が入らないように24時間365日無人連続操業を目指し、多くの種類のロボットが右往左往。人間が入出するには、温水シャワーを浴びてクリーン下着と不織布のトレーナーを着てロボットの間を邪魔しないように歩く。 クリーン度も当時世界最高レベル。女性解析技術者集団とともに製造技術開発、歩留まり向上の仕事をしていた。
ある寒い夜、トラブルが発生した。 蛍光灯が一瞬パチクリとした直後、警報が鳴り始めた。 「○○棟、吸排気停止。製造ラインから至急避難してください」
クリールームを3フロアにもつ半導体工場には、外気をクリーン化し取込み工場内を加圧する吸気設備と、有害物質を除害して吐き出す排気設備がセットとして設置されている。一つが住宅程の体積があり、それがいくつもある。 有害ガスが発生する設備は常に引いて無害化処理して排気するが、最終段の排気機能が失われると、有害ガスが室内に逆流する危険な状態となる。
館内放送がいつもと違うテンションで話す。 「○○ラインから、至急避難してください」 「動力課課員は至急,調査し報告してください」
ラインにおける非常事態には、総責任者は製造部長。安全(人的)は製造課長。他に製品/設備の責任者は技術課長と責任者を決めていた。 私は当時、技術課長の下で全ての生産設備に対する指示をだす役目を負っていた。
電源が生きていて、吸排気設備だけ停止しているという状態は経験無かったし、どうしたらそうなるか分からなかった。
5階にあるライン横の通路に到着。 すでに製造課では点呼をはじめており、残留者がいないかチェックしていた。 ラインは比較的最近の設計で、有毒ガスを発生汚染しやすい薬液処理装置は区切られたエリアに配置されていた。そのエリアの窓はすでに曇っており、他のエリアもすでに有毒汚染物質の拡散と発熱による温度上昇が始まっていた。 クリーンルーム内は透明度が徐々に落ちかけている。室温は40度をすでに超えている。
「ガスライン遮断完了!」 「酸排気、アルカリ排気システム緊急電源入ります」 (遅いぞ・・)
装置には、CVCFとかUPSとか呼ばれるバックアップ電源を持っているものが多いが、排気システムに対応できるほどの容量は無い。ただ、酸排気システム他のように、人命に影響があるような重要なシステムには、稼動に時間がかかるもののディーゼル発電機がバックアップ電源として用意されている。ただ、工場全体の空調システムを稼動できる緊急電源は無かった。
ほとんどの装置には、排気、吸気、温度などの各センサーがついており、それにより緊急停止しているものも多いが、設計思想により、製品処理が終わってから停止する物。製品にできるだけダメージを与えないよう異常終了レシピーに入った物。いろいろある。
「ステッパーが壊れるっ!」と写真製版担当スタッフが叫んだ。 当時のステッパーは温湿度、気圧を極めて正確にコントロールしたチャンバー内(±0.1℃)、ランプ、レチクルなどが納まっていた。外気圧、温度などがすでに調整可能範囲から外れてチャンバーの機能は停止、冷却しようにも排気がとまっている。それなにに外部電源から供給している照射用の水銀ランプは点いたままである。マニュアルでしかOFFにならない。熱排気、循環システムが停止しているチャンバー内ではランプによる温度上昇がランプが割れるまで進むことになる。 写真製版装置を良く知る技術課長が叫んだ。 「○○君。いっしょにきてくれ」 写真製版の技術スタッフをつれて、汚染しかけているクリーンルームに飛び込んだ。 「課長〜!」 ああ・・ 十数分後、息を切らせて出てきた。30台以上あるランプの電源を全て切ってきたとのこと。 確かに外の配電盤から切っていく方法はあるが、時間がかかる。また。もしそのままにしておいたら数百億円を超える損害になっていた可能性はある。 (ステッパーは当時1台、5〜12億円。トータル50台以上あった) そのように、一見ヒーローにも見えた行動であったが、後々疑問が残るものであった。
すでに40度を超え温度上昇がとまらないクリーンルームには、温度センサーを持たない搬送ロボットのみがまだ通路を動いている。FAシステムが生きているということだ。 そうだ、コンピュータ室だ 「コンピュータ室を見てきてくれ」 ひとつひとつの工場棟は大型の中央コンピュータから、製品の工程、品質、設備の制御、状態管理他、多数の管理制御システムが繋がり、全てがコントロールされている。それが停止すると空調システム停止以上の被害が発生する可能性がある。 すでに情報システム課のメンバーが対応にあたっていた。全ての扉、パーテーションまで外され、大型の扇風機を10台以上持込、数十台あるユニットを冷却していた。すでに危機的状態ではあったが、なんとか部屋の温度上昇は頭打ちになったようだ。
事故発生は夜10時過ぎ。ただ、電子立国日本を支え世界と競争しているとの思いがあった我々エンジニアは、女性も含め2/3以上は残っていた。 各責任者、技術スタッフに招集がかかった。その時すでに時間は23時を回ったが、緊急連絡網から、ほとんどスタッフが集まった。工場長の前で部長が口を開いた。 「よし。報告してくれ。まずは安全からだ」 製造課長「第3班。総員154名、休暇1名、現在員153名、残留者0、全員避難完了。」 技術課長「技術課。総員105名、帰社16名、現在員89名、全員確認しました」 「動力課、情報システム課、生産管理課も問題ありません」 「原因と復旧状況について説明してくれ」 動力課長 「C空気取り入れ口近くで、凍結により冷却水配管が破裂。配管下の400V配電盤が冠水しました。10時22分、それにより7機ある吸排気DA〜DD機が停止。対応する○○ライン及びCPU室の給排気が停止しております。 10時29分、酸、アルカリ、シラン排気などは緊急電源に切り替わりました。 現在、冷却水配管の補修。配電からの排水、乾燥作業を行っております。12時30分を目途に給電再開を目指しております」 放送で概要は聞いていたが、動力課長からの正確な情報に、どよめきが起こった。
技術課長 「設備、製品についてですが、設備については有毒ガスラインの遮断、他緊急停止処理は完了いたしました。ただ、装置、クリーンルーム内の全てについては汚染されている状況です。製品については、今後個別に判断していきます。 設備について、詳細を報告してくれ」
私 「○○ラインについては、最も汚染リスクの高いWET処理装置については隔離構造でありますので、部屋内以外の漏洩はないものと考えます。注入機に関しましてはフォスフィン、ジボラン、アルシンなど有害ガス/汚染固形物は密閉された状態で保持されております。拡散炉に関してはシラン系、塩素、水素等、有毒/発火ガスラインは遮断。ドライエッチについても毒性ガスは遮断しておりますが、排ガス処理装置、フィルター類の破過、排気ライン、装置からの漏洩はあります。写真製版装置、各種計測機器については、環境への影響は少ないですが、設備自体のダメージは大きい物と考えます。 以上 」
************************************************* 「一時待機。各責任者の指示に従ってくれ」 「グループリーダーの下、グループ毎に復旧の手順を確認しておいてくれ。次の支持は放送にて行う。解散。」 製造課長と共に、原因の漏電箇所。Cスクラバー(吸排気口)に向かった。 普通は締め切りの密閉式の非常ドアのかぎが開けられており、通常は禁止されている非除塩空間である、吸排気口内側に立った。
クリーンルーム外周、通路、事務所も除塩化の為、外気と遮断、内部は加圧(外気進入対策)されており、扉を開けると風が外に噴出はずであるが、扉を開けても感じない。 他の階用の生きているスクラバー3/7機の回りこみと、非常電源で動いている排気設備で 何とか均衡がとれるのが精一杯ということだろう。外から内への風を感じないだけでもまだ、マシである。 緊急事態以外、工場内用除塩服で外気にあたることはない。
そこでは、動力課のメンバーが20名ほど忙しく作業していた。 吸水材で鉄の床の水分を吸っているもの。応援の業者と一緒に配管工事をしているもの。 配電盤の細かいところをヘッドライト、懐中電灯で照らしチェックしている物。 作業指示、応答以外は無言で、見た者にも緊張感を感じさせてしまう戦場のようであった。その真剣さにムダ口をはさむ余裕はなく、動力課長に状況の確認だけした。 「一刻も早い復旧を目指しております。目標は0時ちょうど。別途放送します」 「分かりました。宜しくお願いいたします」 応援をよこすことも考えていたが、逆に足手まといとなる事を考え、提案せずに製造課長とめくばせせいて、立ち去った。
CPU室に行った。500近い工程のすべての装置と情報を管理する部屋で、部屋いっぱいにコンピュータ類が動いている。随時バックアップは取るシステムであるが、今工場に仕掛中で停止した全ての製品情報は、まだバックアップされていない。担当の情報システム課課員はありったけの扇風機を設置するところであった。ここも邪魔となりそうなので去った。
0時頃、全館放送があった。 「計画の復旧作業完了したしました。これから、一機づつスクラバーの運転を再開いたします。絶縁を確認しておりますが、予期せぬ再停止の可能性があります。再度連絡のあるまで、待機お願いいたします」 「Aスクラバー ON」・・・静かな室内に低周波のうなりのような騒音が広がった。 2,3分して再度放送があった。 「Bスクラバー ON」 また、時間をおいて 「Cスクラバー ON」 ひとしきり大きな唸り音とともに、私たちの肌に直接風を感じ始めた。 "イケ−・・・"。みなの心はそう思っていた瞬間。落胆に変わった。 30秒ほどの、周波数が低から高の始動音が、突然 下がり始めた。 「Cスクラバー。400V系電流異常 停止いたします。」 放送と共に、集まったメンバーからため息が洩れた。
当時、3/7台は稼働していたが、4台は動いてない。その為、室内はほとんど外気と同じ圧力であったが、一方から吹き込むと、一方から出ていく。という状態であった。
原因は、ファンのブレーキの動作不良とのこと。ひとつの吸排気口には、大型の吸気口と排気設備がセットである。もちろん排気したものを吸気しては意味が無い為、排気口はダクトで大きく曲げられ屋上の方に導かれる。 工場内/外の圧力バランスが崩れると、たとえば工場内が加圧されると、動力が入っていないファンのところから外に空気が逃げようとする。それを防止する為。ダクトを遮断するシャッターがついているが、ファンの再開時、シャッターがオープンとなったタイミングで動力がきてない巨大なファンが反対に回りだすのを防止する為、ブレーキがついている。シャッターOpen→ブレーキ解除→ファン起動。ほぼ同時に微妙なタイミングで行われないといけない。Cスクラバー吸気口については、シャッターOpen後、ファンのブレーキが十分利かず、逆回転を始め、そのままファンを起動した為、過電流で異常停止したらしい。 苦渋をかんだような動力課長の顔が浮かぶ。
30分後、再開。成功に拍手が沸いた。 その後、徹夜でのライン復旧作業が始まったのは言うまでもない。
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